たばこ対策

今回、一般質問でたばこ対策を取り上げます。

たばこ依存症について、私には、ある思い出があります。
私の知人でヘビースモーカーの者がいました。
随分前に、奥さんと別れる別れないという時に、心を入れ替える証として、私は「本人に喫煙を止めさせます」と言ったことがあります。
そのような根回しをして、本人もこの機会に禁煙を実行しました。
しかし、2日で悲鳴をあげてきました。その時は、禁煙は簡単にできるだろうと思っていたところ、どうして出来ないのだろうかと、本人の努力のことをとても残念に思いました。
その後、喫煙者が肺ガンになっても、肺機能障害の重病にかかり、酸素吸引機で呼吸するに至るまでの疾患になっても、止められない人がいることを知るようになりました。

今日では、喫煙は、ニコチン依存症という中毒であり、本人の努力では克服できないことを知りました。すなわち、喫煙者に禁煙しろというのは、不可能なことを強いるものであり、相手方に対し、精神的ないじめなのだと感じております。

行政は、たばこ税が入って、喜んでいるかと思いますが、他方、その税金は、喫煙者の健康、周りの人の健康をも害することとなるのです。このことを棚上げして、喜ぶわけにはいきません。
統計によると、喫煙の社会的損失は、税金収入の2倍以上ということです。
したがって、もはや、たばこで利益を得ることは、社会道徳上、やめにしなければなりません。
税金の収入があるとするならば、汚い手による税金と考えられなくはないので、その全額を禁煙指導等にまわすべきだと思います。

いずれにしても、たばこ対策は、喫煙者が医学的にニコチン中毒患者であることを理解して対策を練ることになります。

ところで、一般質問で、多重債務者のギャンブル依存症も取り上げます。
これも同じく、ギャンブル依存という中毒にかかった人に対する債務整理問題なのです。
本人が経済的更正するためには、単なる債務整理では、病根を除去できません。
社会には、様々な依存症があります。思いつくままに上げれば、
 ゲーム依存症
 アルコール依存症
 ・・・・・・

どれもみな、現実に生きている人間生活の中で自然にかかってしまう病気なのです。
私は、こうした依存症にかかった人々を憎めません。

少し飛躍しますが、こんなことから、死刑制度にも反対するのです。
それは、何らかの理由で、人間の命の尊厳さを自覚できない病気にかかっていると思うのです。

社会は、大なり小なり、病気と共存しています。
こんなことを自覚しながら、
 ”行政は病気から抜け出たい人々に手をさしのべる必要がある”
と思っております。

2008年5月 30日小山 香