多重債務問題と生きる権利について

第1 多重債務の現状について

 まず、多重債務の定義をします。
「複数の消費者金融会社などから高金利の借り入れをし、その結果、定期収入だけでは支払いができず、支払いのために借り入れるという状態」
この状態にある方を多重債務者といいます。

 次に、なぜ多重債務者が生まれるのか原因を考えてみましょう。
 破産原因としては、約半数の人が収入に関する問題で破産になっています。そして、破産申立者の約8割ぐらいの人が月収20万円以下です。このように収入が少ないことが、多重債務の大きな要因になっています。

 では、どうしてそのような人に、お金を貸したりするのでしょうか。
 高金利で貸し付け、過酷な取り立てをし、別なところから借り入れをしてまで返済をさせる。これによって利益を得る。「過剰与信・高金利・過酷な取り立て」この三本が多重債務の主要な原因です。借り手側からすれば、収入が少ないので立場が弱く、高金利で借り入れをせざるをえなくなり、当然に支払いが困難になり、過酷な取り立てのために他社から借り入れをしてまで返済をする。こうした悪循環の上に多重債務が発生しているのです。

 普通の企業は消費者に有意義な商品を販売し、消費者から感謝されて発展していくものです。これまでの消費者金融は、消費者を追い込み、生活を破綻させてまで利益を得ているのです。通常の貸し金行為は、消費者の生活状況を考慮し、返済が可能かどうか判断して貸します。しかし、消費者金融は、当然のように実質的審査もなく50万円位まではただちに貸してきました。

 年間3万人の自殺者がいます。そのうち8千人位の人が経済生活苦で自殺をしています。多重債務問題は、深刻な社会問題です。刑事犯罪の強盗事件とか、横領事件なども、多重債務が原因というものもあります。夫婦の離婚も多重債務が原因のものもあります。
 ところで、こうした多重債務の問題、特に深刻な自殺などの問題は、資本主義国に共通の問題なのでしょうか。私が知る限り、多重債務が深刻な社会問題になっているのは、日本と韓国ぐらいです。なぜ他の国では深刻な社会問題になっていないのでしょうか。仮に借金をしたとしても他人の家に本人の意志を無視して侵入することはできません。会社に勤務中、個人的な問題で連絡をしても会社は取り入ってはくれません。債権者は、債務者に対し債権を回収するために脅かせば脅迫罪になり、また脅かして債権を回収すれば恐喝罪になります。

 本来、借金があろうと無かろうと市民の生活は法で保護されており、借金を負った市民も債権者に対し、当然に法が認める保護を要求できるのです。そうすると債権者がとり得る手段は民事の強制執行しかありません。強制執行をするとしても、すべての財産が執行できるものではありません。差し押さえ禁止財産といって、人が生活するための財産は強制執行ができません。給料を差し押さえるといっても、法律上月給の33万円までは4分の1まで差し押さえはできるのですが、債務者が差し押さえられては生活ができないと裁判所に申し立てをすれば差し押さえの範囲がさらに小さくなり、差し押さえができなくなることもあります。民事執行も人が生活できてはじめてその余力に対して執行できるものだからです。そうすると、とくだん財産のない債務者には強制執行は無関係なことです。
 また5年間経過すれば、商事の時効が成立し、親の借金は相続放棄などによって完全に債務は消滅します。したがって、ふつうの生活をしている人は、夜逃げをしたり、ましてホームレスになってしまう必要はありません。にもかかわらず、先程述べた多重債務の問題が社会問題となっています。それは、市民を守る法律が、市民に届かないところに存在していることになります。そうしたところから多重債務の整理問題が登場し,特定調停、自己破産、個人再生等整理方法が確立されてきました。

第2 生きる権利
私は人間の命が社会において最も価値があり、最も大切なものであると思います。でも、これは自然科学のように証明できるものではありません。川の水は上から下に流れます。人間社会の法、すなわちルールはかくあるべきと人間が答えを出すものです。自動車が道路の左側、人間が右側、このルールを人間が決めて交通事故から人間の命をより守るために定めるものです。人間の命を一番に考えることによって、これを社会生活の中心的な核にしたものです。
憲法13条は当然にこの社会に存在しているルールを確認したものです。すなわち人間の命は、一番大切であることを憲法は確認し、宣言したのです。さらに、日本国憲法は25条で国民が健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を保障しました。したがって、市民がふつうに生活していくことを、当然に法は保障しているものです。
借金の問題について、法は破産法を制定し、免責の規定を導入しました。債権者の債権は免責によって消滅します。憲法が保障する財産権のうち、破産債権は公共の福祉の目的のために制限されるのです。免責の制度があることによって、債権者が更生し、その経済生活が再建できるのです。また、免責制度があることにより、財産を隠匿などをすることも間接的に防止することができ、免責の制度は破産者、その家族、さらには債権者そして社会にとって有益な必要な制度なのです。
憲法は、人間がふつうに生きることを保障しているのです。しかしながら、最初に説明しましたように、月収20万円以下の人の破産者が8割なのです。生活保護費が額面に換算し、月16万円あまりです。4人家族で額面に換算し、38万円あまりです。これが国が認める基準です。これ以下で生活している人がたくさんおり、日本では統計上生活保護を受けている人が100万人いますが、さらに400万人の人も受けるべき状況にありながら法の救済がなされないといわれております。多重債務の原因のひとつに、そもそも生活が困窮し、その責任が本人でないのにかかわらず、生活をする上になした消費者金融からの借り入れが原因だということがわかります。
また、多くのサラリーマンで蓄えがないものに対し、緊急な融資制度が存在しておりません。社会福祉協議会などが緊急な貸し付けを行っているようですが、十分に機能しておりません。多重債務問題を解決するために、サラ金法は、過剰与信、高金利、過酷な取り立てを禁止することになったのですが、これだけでは問題は解決できません。これからは、消費者金融は貸し付けの制限があり、金利を制約される以上、より慎重な貸し付けをすることによって、どうしても生活する上に必要な人は、ヤミ金融に走ることが考えられます。市民がヤミ金融に手を出さないためには、公的な貸し付け制度の充実が必要です。憲法25条によって生活保護法が存在し、一応機能しているのです。さらに、市民がふつうに生きるために、セーフティネットとしての公的な貸し付け制度がなければ、今度はヤミ金融問題が大きな社会問題になります。
私は、多重債務問題はこれまで社会問題としてとらえ、解決を模索してきたものですが、発想を変えて、人間の生きる権利、そのために法とか社会制度は存在すると認識し、破産の免責制度は当然の市民の権利であると考えるべきであると思います。したがって、学校教育においても、このような視点を教えるべきと思っております。

平成20年6月30日  小山 香