憲法記念講演会

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弁護士会の憲法委員会の委員である。

本来弁護士会でこの時期、憲法集会を開催したいところ、執行部の交代時期と重なり、

この時期は、当会では、企画はない。なお、川越支部では毎年開催している。

ことしの5月3日仕事を入れずに講演会に出かけた。 

大学生のころは、岩波書店が企画していたようだが、毎年5月3日は憲法

記念講演会に出かけていた。

著名な学者(例えば我妻栄)から、憲法の話しを分かりやすく

聴いた。聴いた後は、何かうれしく気持ちで会場を後にしたもの

だ。その後、講演会の企画は、憲法の全国憲法研究会に引き継がれた。

当日の講演者と演題は、辻井喬「経済と思想の両面から見た日本国憲法の意義}

奥平康弘(上記の写真)「The right tobe defferrennt- 個人の尊厳・個人の自

由を確保する礎として」である。

会場の早稲田大学大隈講堂は、1000名位の聴衆だろうか。

学生も大勢いた。

憲法は、わかりやすくいえば、共同社会の基本理念だ。社会の常識と憲法の理念が一

致していないと、ひとびとは不幸である。耐え忍ぶか、難民として出国することになる。

その点、日本社会の常識と憲法の理念が一致しているとおもわれる。

憲法は共同社会において、共生する知恵の普及をはかるものである。

ところで、書籍売り場に「長沼事件 平賀書簡 35年目の証言」という本が

あった。

憲法の問題で長沼事件ほど著名な事件はない。

学会では自衛隊が憲法9条に反する軍隊であることは、通説であった。

最高裁判所の傾向は、国家の統治に関する問題は裁判の対象外とするものであった。

こんな中で、札幌地裁の所長の平賀所長が、担当の福島裁判官に判決内容の案を示

した書簡を送ったのである。

書簡が明らかになり、大事件になった。

福島裁判官は、不当な干渉をうけることなく、自衛隊は違憲であると判決したのであ

る。

この判決以後、福島判事の名前がどこにも見当たらなかった。

最高裁判所は、福島判事を刑事、民事の通常事件の担当から外し家庭裁判所に左

遷?させたことをその後知った。

憲法76条は司法権の独立を保障している。裁判所内部では、独立していないようであ

る。

憲法を積極的に擁護する裁判官は、その後家庭裁判所に回されること

は、公然化した。

人事を通じて違憲判決を出すとこうなるぞという最高裁判所の意思表示だ

ろうかというのは、公然の常識である。

埼玉弁護士会でも、元裁判官のA弁護士(少年問題等で活躍)、同B弁護

士(高齢者・障害者問題等)、同C弁護士(中国残留孤児裁判の団長等)

が活躍している。この人たちが、民事、刑事の通常部に長く裁判官として

勤めていたら、優れた判決を出していただろう。

左遷されても、裁判官を全うしたのである。

日本の裁判所に違憲立法審査権がありながら、裁判官がこれを行使しな

いのは、ここに理由の一つがあるといわれている。

一気に上記の本を読んだ。

長沼判決は、一人の裁判官の良心の証だ。

(いつか、朝霞でも憲法講演会をやりたい)