ノーモア・ヒロシマ・ナガサキから平和的生存権へ

下記の像は、「原爆犠牲国民学校教師と子どもの碑」

である(ぐったりした教え子を抱え、自らも被爆した女性

の教師が、悲嘆にくれ空を見上げている。)。

原爆犠牲国民学校教師と子どもの碑

 

8月6日、そして9日は、大変な重い日である。

この日から何を私たち学ぶのか。

私の事務所に広島に原爆が投下された当日の惨状を

体験した人が相談に来たことがある。

まさに上記の像の様子であり、「はだしのゲン」の様相の体験談を聞いた。

広島と長崎で人間の生と死の極限があったのだ。

日本国憲法の平和主義、これを憲法理念にしたのは、

原爆をはじめとする戦争の悲惨な体験があったことは

間違いのないことだろう。

平和的生存権は、人権の究極であり、人権の原点の

憲法13条の個人の尊厳に連なるものである。

ところで、法の理念は、もとに生きる知恵であると考えている。

まさしく平和的生存権はともに生きる知恵として、

戦争という手段を取らないということである。

戦争という手段を放棄したのならば、日本の法体系は、

矛盾なく、市民生活から、国際関係まで、

一貫して対話と合意による統治を目指しているのである。

平和を希求する市民は、

市民生活においても、

対話と合意を目指したい。