無言館「戦没画学生慰霊美術館」を訪ねて

8月14日、長野県上田市の無言館を訪ねた。

 無言館1

無言館

坂を上がると小さな教会の様な建物があった。

 

入り口がわからない。

美術館のような入り口に表示と

入場券売り場がないのである。

恐る恐る、戸を開けて、入ると

展示室の中だ。

 

いきなり、戦没画学生の作品の中だ。

舞台の袖からいきなり舞台に出された感じだ。

 

何のこころの準備なく、・・・・・

戦死した年齢が24歳とか・・・・

 

普通の美術館なら、来館者の様子は、特段特記すべきことはない。

ここでは、来館者の表情がみな重い。

沈黙の美術館だ。

 

美術の専門家ではないが、

まだ、初級のような作品もある。

でも、彼らは、これ以上腕を磨く

機会は永久にないのだ。

 

この絵画らが「無言」で叫んでいるようだ。

「もっともっと絵を描きたかった。」と。

 

戦時広報に死亡の通知が淡々と記載されていた。

絵の好きな画学生は、

多くの当時の日本人同様に

特段、戦争について

良いとか、悪いとか思わず、

これが、日本人の定めとして受け入れて、

戦地に向ったのだろう。

 

家族

恋人

景色

等々

さまざまな題名の絵画があった。

 

・・・・・

購入した本にこんなタイトルがあった。

「すすり泣きの聞こえる美術館に来たのは

初めてです。」

 

このような遺品が物語るように

無名の多くの人々の

人生が敵、味方問わず、奪われたのである。

 

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昨日の朝日は次のとおりの戦争責任論を紹介している。

 

 朝日21・8・15

老兵士は、追悼の通常の下記公式的文言に異議を主張される。

           兵士たちの尊い犠牲の上に

           今日の経済的繁栄がある。

 

同氏は、戦後の繁栄と兵士の死は全く関係がないとし次のとおり主張する。

           兵士を無駄死にさせた責任はどこにあるかが問題だ。

 

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無言館は、画学生を無駄死にさせた責任を問いかけている。