「素晴らしい学校」とは、

下記の本を読んだ。目が潤む箇所が数ヶ所あった。

上記の本にいじめに関連して「素晴らしい学校」について、記載があった。
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     私(水谷先生)は、文部科学省の一人の役人に尋ねました。

     「あなたは、どんな学校が素晴らしい学校だと考えていますか?」

     彼は自信満々に答えました。

     「この国の明日をつくる優秀な人材を育てる学校です」

     私は彼にいました。

     「そのような優秀な人材を、あなた方がいかにたくさんの税金を

     投入してつくろうとも、そこからはみ出した多くの子どもたちが、

     非行や犯罪、不登校や引きこもり、自死をしてしまえば、その優秀な

     人材が生み出した富など、あっという間に消費してしまいます」

     彼は私に聞いてきました。

     「それなら、水谷先生は、どんな学校が素晴らしい学校

      だと考えているのですか?」

      私は即答しました。

      「すべての児童・生徒が毎日、今日は先生から何を学ぼうか、

       友だちとどうやって遊ぼうかと、楽しく通うことのできる学校です」

      この言葉に、数人の出席者から失笑が起こりました。

 

夜回り先生は、失笑をかっても、次のように主張します。

       もし学校が、すべての児童・生徒にとって、

       「勉強についていくことができて、自分の能力をきちんと

        評価してもらえ、友だちとの触れ合いの中で自らを磨くことが

        でみがきる」

        という楽しい場所であったなら、いじめなど決して起こるはずは

        ありません。
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いじめ問題は、子どもたちの学校の危険信号なのではないでしょか。

公教育の目的は、国のための優秀な人材の育成が目的ではなく、

それぞれの子どもの成長を目的とし、結果として、子どもたちが

国のためにも優秀な人材となると考えるべきではないか。

私たちの子どもたちが通う学校は、

勉強がわかり

先生が子どもの存在を認め

友達の触れ合いの中で、成長する

学校であって欲しい。

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もちろん、学校ばかりではなく、

この社会も

それぞれの個人が評価され

人々が相互の触れないの中で、成長する

ものであるならば、犯罪などもなくるのではないだろうか。

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