もうひとつの法の支配

今日は、午前中、ある簡易裁判所での土地明け渡し調停があった。

ふたりの調停委員の前で相手方弁護士とのデベートである。

調停が成立するか、不調になるか緊張感のある交渉である。

午後、ある地方裁判所で刑事裁判があった。

プライバシーのこともあるので抽象的にしか触れることができない。

いつも刑事裁判は緊張する。

すべての能力を当事者のために使う。

開廷前の傍聴席に警察官が複数いた。

警察官は、有給休暇をとって傍聴に来ているのではない。

職務として来ている。

私は、当事者が圧力を感じる。

司法権の独立のために

説得して退席して頂いた。

ときどき、執行猶予がつくと思っていても、

つかないこともある。

反対に、実刑やむなしと思っていて執行猶予がつくことがある。

ところで、自白事件の刑事弁護人には、大きな役割がある。

表現が悪いが「情状証拠」を作るということだ。

裁判官が、執行猶予の判決を出しやすいように

証拠を作るということである。

証拠を作るといっても偽造するのではない。

いわば、証拠を創造するといっていいだろう。

2月の下旬から今日まで、対話を通じて

規範意識を形成してきた。

当事者も私以上に緊張したのだろう。

その成果が今日認められた。

執行猶予付き判決の言い渡しの際、

多少、私も目頭が熱くなった。

この間のすべての段取りが功を奏した。

ひとつの達成感がある。

刑事裁判はもう一つの法の支配といえるかも知れない。

弁護士は、塀の向うではなく、こちら側で

社会の中で、規範意識を形成させる。

法廷には、未来の法曹の司法修習生が沢山いた。

今日の裁判について、どんな感想だったのだろう。

証拠を創造するという弁護人の役割が少しでも

わかって頂けたら、幸いである。