大きな犯罪と小さな犯罪

憲法記念日に読売新聞を買ってきた。
憲法記念日と題する社説は以下のとおりだ。
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国民主権、平和主義、基本的人権の尊重の3大原則を堅持しながら、21世紀にふさわしく、多くの目的課題に的確に対応できる憲法にしていく必要がある。
集団的自衛権の行使の限定容認のような現行憲法の枠内の見直しは、政府の憲法解釈を変更し、国会の法律制定で担保できる。
枠外のものは、憲法96条の改正手続きに則って改正する。
こうした取り組みは、まさに立憲主義を体現するものだ。
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ものはいいようだ。しかし、読売新聞社説は安倍政権の見解を当然のごとく踏襲しており,詭弁といわれてもしかたがない。
言論機関が、政府広報のようになっていいのだろうか。

憲法の字句を変えないで、昨日までの赤信号が、今日は青信号になる。赤と青は全く異質だ。今日の青が正しければ、昨日の赤は誤りだったと誤りを認めるべきだ。
認めないのは、やはり詭弁と言われるのを甘受しなければならない。

法律のある本にこんな例が上がっていた。
ある者が牛を盗んだ。ある者は裁判で牛の窃盗を否認した。その弁解はこうだ。
しかし賢い裁判官により、あるものは詭弁を自白した。

(ある者)私は牛を盗んでいません。縄を取っただけです。

(裁判長)縄の先に何があるのか。

(ある者)牛が繋がっています。

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社説と政府見解を噛み砕くと、次のようななる。

(政府)  憲法に違反していません。平和法制を作っただけです。

(憲法審査会学者) 自衛隊が海外で武力行使をするのは、なんというのですか。

(政府) 戦争です。

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ところで、今、約100円の万引き事件をやっている。
高齢者で身寄りがあり、ホームレスをしていて
お腹ですいて、やむなくカップ焼きそばを万引きしたのである。

常習累犯窃盗で起訴されているので、最低3年の懲役になる可能性がある。

政府が大きな憲法違反という大きな犯罪を侵しても、大新聞も政府を擁護する。

100円の万引きでは、検察官は厳しく被告人を責める。

何か矛盾を感じながら弁護をしている。