主権者教育(2)―学級活動からの主権者教育―

第1 学級活動からの主権者教育
 1 子どもたちが最初に出会う社会は学級といってよいだろう。それは、小さな市民社会といってもよい。子どもたちはこの小さな社会で一日の大半を過ごす。
この小さな社会にも人権の侵害、トラブルの発生、さらには子どもと小さな社会の「きまり」との対立もあるだろう。これらは小さな社会の生理現象である。学級という小さな社会の生活上の諸問題に対して子どもたちは主体的にこの小さな社会の政治にかかわり、「人は生まれながら自由であり、自由とは他者との共生における自由である」ことを体験していく。学級は、子どもたちが自由、独立、平等の市民として他の子どもと共に生きる社会なのである。

2 文科省も学級活動が主権者教育の面を有していることから、学級活動について、積極的に教育課程の教科外活動として特別活動の一つと位置づけ、学級活動の目標を「望ましい人間関係を形成し、集団の一員として学級や学校におけるよりよい生活づくりに参画し、諸問題を解決しようとする自主的、実践的な態度や健全な生活態度を育てる」としている(注1)。また、上記の「学級や学校におけるよりよい生活づくりに参画・・」は、子どもの権利条約12条子どもの意見表明権(注2)に基づくものとも評価できる。
以上のとおり学級活動の目標及び内容は、「個人の尊厳に基づく共生社会の実現」をめざすと言い換えることができる。このように教育基本法に基づく学級活動の目標及び内容は、弁護士の使命である「基本的人権を擁護し、社会正義を実現すること」(弁護士法1条1項)と一致する。
この小さな社会における政治の目標は、子どもたちが人権を意識し ながら共生し、それぞれが民主社会の担い手になることである。子どもたちは、教師から年齢に対応した助言、指導を受け、小さな社会における問題や課題を解決していくのである。
例えば、子ども同士が他の子どもと共生するために「きまり」を作るとする。子どもたちはそのために対話と傾聴が必要であること、人権を侵害する「きまり」は多数決でも作ることができないこと、「きまり」を作るには立法事実が必要であること、作られた「きまり」でも立法事実のない「きまり」は変えることができることなどを学ぶ(注3)。
子どもたちは、小さな社会において、「個人の尊厳に基づく共生社会の実現」をめざすことを念頭において諸問題を解決していくのである。これらはまさしく主権者教育そのものである。小さな社会は、日本国憲法の精神に基づく教育基本法に支えられており、法の支配、立憲主義が存在しているのである。
3 この学級活動に弁護士が関わる意義がある。そもそも、教師が子どもたちの疑問について、「個人の尊厳に基づく共生社会の実現」を踏まえてアドバイスをすることは困難であると思われる。教師は、現在の教員養成の履修科目には日本国憲法及び教育基本法があるものの専ら座学中心で時間も僅かであり、いわば人権問題対処の体験が弁護士ほど豊富ではないからである。他方、弁護士は日常的に在野の法律家として未知の問題を解決しており、人権に対する意識も高い。したがって、弁護士ならば「個人の尊厳に基づく共生社会の実現」を念頭に、子どもたちのどんな疑問に対しても解決する指針をアドバイスすることが可能であり、これこそが弁護士が学級活動に関わる意義と言える。
下記のテーマは埼玉弁護士会人権のための法教育委員会がさいたま市内の小学校で行った法教育実践のテーマの一部である。なお、テーマは、教師が子どもに今抱えているトラブル、疑問などに関するアンケートを元に作成される。
① なぜ、学校でシャープペンが使用禁止なのか。
② 給食にグラタンが食べたい。
③ 通学班を止めてほしい。
④ なせ、学校にランドセルじゃないといけないのか。
⑤ 悪口を言い、いやな人がいて、けんかや言い合いになる。
⑥ いじめる人を注意できない。
⑦ なぜ、学校に通ったり勉強したりするか。
⑧ 自分を変えたい。
⑨ トイレの臭いが教室まで入ってくる。
実践の際は、各テーマにつき子ども4~6名の班をつくり、各班に弁護士が1名以上つく形で話し合いを行う。
例えば、①シャープペンのテーマは、大半の学校で子どもたちが提案するテーマである。しかしながら、どこの学校の教師もこれを話し合いのテーマに取り上げることに消極的である。当然に決まっている「きまり」について、子どもが変えたいといったらどのように対応していいのか懸念されているのである。
事前の打ち合わせにおいて、弁護士が教師に対しシャープペンを禁止 する根拠を尋ねると「シャープペンでは文字を留める、跳ねるができない」「芯がよく折れる」「シャーシプペンは値段の高いものもある」等の回答を得た。これらを踏まえ、芯が折れないシャープペンで、値段が高くないものならば、国語以外の授業で禁止する理由はなくなることを事前に確認しておく。
このような事前の打合せを経て、弁護士はシャ-プペンについて何も知らない振りをして、法教育の実践を行う。まず、子どもたちが、先生にシャープペン使用禁止の立法事実を尋ねる。子どもたちは、教師が説明する立法事実(留め・跳ねができない、芯が折れやすい、高価なものもある)を丁寧に聞き取り、その内容について反論を検討する。
シャ-プペンがいい点もまとめる。そして、シャ-プペンの使用の方法などを教師側に提案する。子どもたちからは、算数とか理科はシャ-プペンは小さな文字が書けるので使いたい、国語はシャ-プペンによっては、留める、跳ねるができないので鉛筆にする、等の提案があった。みんな同じシャ-プペンを使うという提案が出たこともあった。
以下、前述の話し合いのテーマに対しどのようなアプローチやアドバイスをしたかについて、その一部を紹介する。
②給食にグラタンが食べたい。このテーマでは、学校給食の意味、栄養士の存在する意味、給食を作る人、そして、最後は学校の責任者である校長先生と交渉する、とういうアドバイスをした。子どもたちは、小さな社会において、「きまり」の中で立法事実がないものは変えることができるし、立法事実があっても当事者間の話し合いで変えることができることを実感できたと思う。
③通学班を止めてほしい。このテーマでは、子どもたちと通学班の意義  を話し合った。子どもたちを犯罪被害などから守るために通学班があることを理解してもらった。子どもたちにとっては一見個人の自由を縛るルールでも、合理的理由があり、それが共生社会に必要なものであることを学ぶ機会になった。
⑧自分を変えたい。法教育の実践ではこのような抽象的なテーマを扱うこともある。弁護士が人権配慮の見地から「自分を変えるかどうかは、自分で決めるものであり、今の君そのままでもいいよ」と助言すると、泣き出してしまった子どももいた。
⑩ トイレの臭いが教室まで入ってくる。子どもたちがどんなに一生懸命清掃をしても臭いが解消されなかった。原因を調査したところ、古くなった校舎の構造的な問題であった。したがって、この問題を解決するには、学校の設置者が地方自治体であることを明らかにして地方議会に請願を出すという手段があることを子どもたちに伝えた。
以上のとおり、子どもたちは自分たちが疑問に思った問題について弁護士と共に解決方法を模索し、その結果、自分たちの抱える問題について、解決できる相手方を以下のとおり分類できることを学び、小さな社会だけで解決できる問題と解決できない問題があることを理解する。
① クラスだけで解決できる問題。
② 校長先生の裁量の問題
③ 教育委員会の問題
④ 地方自治体の問題
⑤ 国の問題
さらに、子どもたちは弁護士との話し合いの中で次のことを理解する。
① 多数決で決められないものがある。
② 話し合いをしても合意ができないこともある。
③ 学級だけで決められないこともある。
④ 話し合いでは人を傷つけてはいけない。
⑤ きまりには立法事実がある筈で、立法事実がない場合は、きまりを無くすことができる。
4 以上のとおり、学級とういう小さな社会において、主権者教育として現実に存在する課題や問題の解決をすることは、通常の授業とは異なる。教師から答えを教えて貰うのではない。答えを記憶するものでもない。子どもたちが、自らが生活する小さな社会において課題を解決することを体験することにより、子どもたちの非認知能力を高めるのである。
  法学の方法論には、伝統的な教師による体系的な講義の方法と、欧米では主流であるといわれる具体的なケースの分析を通じて普遍的な原理を学んでいく方法がある。小さな社会の主権者教育は後者に属する。子どもたちが抱えている具体的な課題、問題の解決を模索し、その結果、以下のような成果を得るのである。
① 知識を介さないで、問題解決の過程から主権者意識、人権意識を醸成する。
② 対話と傾聴(表現の自由)の大切さを理解する。
③ 意見の相対性、多面性、多様性を体験する。
④ 共生社会を実現する問題解決力を身につけ、共生社会の担い手になる。
⑤ 自己肯定感を高め、子どもを元気にする。
子どもたちは、学級、学校や現代社会に対し、問題や疑問を感じている はずである。小さな社会での問題解決という法教育は、小学校に限らず、中学校でも高等学校でも同じ手法で行うことができるだろう(注4)、(注5)。
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(注1)文科省小学校学習指導要領112頁、同中学校118頁、同高等学校353頁。
(注2)子どもの権利条約12条1項「締約国は、自己の意見を形成する能力のあ                 る児童がその児童に影響を及ぼすすべての事項について自由に自己の意見を表明する権利を確保する。」
(注3)憲法判断の方法として、立法事実論がある。憲法事件では、違憲か合憲かが争われる法律の立法目的及び立法目的を達成する手段(規制手段)の合理性を裏づけ支える社会的・経済的・文化的な一般事実が、問題になる。法律が合憲であるためには、その法律の背後にあってそれを支えている右のような一般事実の存在と、その事実の妥当性が認められなければならないのである(芦辺信喜「憲法第5版」372頁)。判例として薬局距離制限を違憲とした最高裁判決(昭和50年4月30日)がある。立法事実の考え方は、およそルールで人に対し拘束力を課す場合に妥当するものである。
(注4)前掲(注1)で各学習指導要領を引用するとおり小学校・中学校・高等学校の学級活動・ホームルーム活動の目標は同じである。
(注5) なお、小学校指導要領解説は「学級活動や児童会活動などにおいては,諸問題についてみんなで話し合って民主的に解決したり,きまりの必要性を理解させたり,きまりをつくったり,守ったりすることの意義を考えさせたりする場面が多くあり,法教育としての役割も有している。」(31頁)とし、文科省も学級活動等について法教育の意義を認めるに至っている。