ある元裁判官の訃報

年末にある元裁判官の訃報の知らせのたよりが届いた。

 

この裁判官は、刑事事件のとき、当時、多くの裁判官が呼び捨て、もしくは「被告」と呼んでいたところ、「〇〇君」と呼んでいた。

そして、判決では、できる限りの説示をしていた。

その内容は忘れてしまったが、感銘したことを覚えている。

この裁判官は、当時二足わらじを履いていた。

もう一つは仏教研究者である。

正確にいうならば、仏教研究者が、(生活のために)裁判官になったというべきか。

どのように二つの仕事をこなしているのか、尋ねたことがある。

早朝(確か4時か、5時)から、(確か)9時ごろまでが仏教研究者、そして、夕方5時までが裁判官、夜の宴席は出ない。早く就寝する。

その生活を繰り替え、仏教の書物を出していた。

この裁判官は、法律家は芸術家であるといっていた。

 

雑誌で同僚の裁判官がマンションの経営をして、節税とか

自慢をしている。それは疑問だといっていた。

裁判官は、相当額の報酬をもらっている。裁判に専念するためである。

金儲けに欲をだすのは、どうか、といった内容だった。

 

この裁判官との出会いと、上記の言葉は、私の人生の糧としてきた。

一人一人の人間の出会いが一人一人の人生に大きく影響をすることがある。

私にとって、この裁判官との数十年に亘る交流は、一つの財産である。

そして、私も、子どもたちとの法教育の場面でこの裁判官の言葉を応用して

「人生は芸術だ。白いキャンパスに何色の絵の具で、何を描きますか。」

といっている。

 

お便りを出せば、返事が来る。どこかで元裁判官が私をみている、

一つの緊張感があった。

 

葬儀はキリスト教の教会で行われたという。

天国に召されたと思いたい。