朝霞市対し3分の2勝訴(情報公開請求)

朝霞市に対し情報公開請求を行ってきた。

3月28日、3点の開示請求に対し、2点の開示が認められた。

下記の3点のうち、①及び②を朝霞市は先日開示した。

下線を引いた①及び②は、マスキングをする必要があるのだろうか。

私が平成26年12月2日朝霞市の市政情報課に下記の文書の開示を求めた。

しかし、処分庁である朝霞市環境推進課は下記の文書①、②、③に

マスキングをした。

そこで、私は、平成26年12月19日に朝霞市情報公開審査会に異議申立を出した。

平成28年4月13日私の異議の申立を棄却した。

そこで平成28年10月3日訴訟を提起したのである。

朝霞市情報公開結果報告書

 

原告小山香 被告朝霞市

さいたま地方裁判所

平成28年(行ウ)第35号

H28(行ウ)第35号判決全文

 

判決では③について公開請求が却下された。

納得してはいない。

私は全面の開示を求めて、さらに開示請求をする。

 

 

3月議会の一般質問

私の3月議会の一般質問は次のとおりでず。

1 学習支援事業について (1)現状と課題

2 小学校英語授業について (1)現状と課題 (2)手段方法について

3 教職員の時間外勤務について (1)教育委員会の任務と責任について

4 市の債権の回収について (1)公債権の回収の状況について (2)私債権の回収の状況について

5 生活保護法の世帯分離について (1)収入のないものの分離について (2)収入のあるものの分離について

6 医療保護入院について (1)市長同意入院の状況について (2)自治体のかかわりについて

7 旧四小跡地移転予定企業について (1)現状について (2)環境問題について

8 犯罪被害者支援について (1)現在の状況について

・・・・・・・・・
私の一般質問の予定日は、3月20日(火)午後2時以降と思います。

政治のいじめ「基地マネー」

平成30年1月28日朝日新聞に下記の記事があった。

基地交付金

 

 

沖縄の基地問題も、原発問題も同じ問題がある。

利益と負担の不均衡である。

日米安保条約が日本にとって必要であり、その条約上の義務で、米国に基地の提供が求められるのならば゛

沖縄だけにその負担を強いるのは、沖縄県民にとって、納得がいかないことだ。

本来、こうした問題には、憲法95条で特別法の住民投票制度がある。この趣旨を生かして、これまでの沖縄県民の意思をすべきではないか。。

こうした理性的な対処に反して、

基地の交付金は、カネで県民の意思を懐柔するようなものだ。

原発の誘致に反対する自治体に金をばらまき、原発を作ってきた。

福島の原発事故は、利益ー首都圏、負担ー福島県

米軍基地は、利益ー日本国民、負担ー沖縄

上記の記事は、自治体の首長によって、交付金が100オアゼロ

大人げがない。紳士的ではない。理性的ではない。

自治体がどんな意向であろうと、政府のメッセージとしては、日本国民の代表として、気持ちよく交付すべきである。

そうでないと、政府がニンジンをぶら下げて、沖縄県民を愚弄するようなものとなりかねない。

名護市長選挙が行われる。

気の毒な選挙だ。

お金の嫌いな人はいないだろう。

そのお金に条件がついている。

私は故郷納税は、疑問であるが、こうした状況では、検討に値する。

 

ある元裁判官の訃報

年末にある元裁判官の訃報の知らせのたよりが届いた。

 

この裁判官は、刑事事件のとき、当時、多くの裁判官が呼び捨て、もしくは「被告」と呼んでいたところ、「〇〇君」と呼んでいた。

そして、判決では、できる限りの説示をしていた。

その内容は忘れてしまったが、感銘したことを覚えている。

この裁判官は、当時二足わらじを履いていた。

もう一つは仏教研究者である。

正確にいうならば、仏教研究者が、(生活のために)裁判官になったというべきか。

どのように二つの仕事をこなしているのか、尋ねたことがある。

早朝(確か4時か、5時)から、(確か)9時ごろまでが仏教研究者、そして、夕方5時までが裁判官、夜の宴席は出ない。早く就寝する。

その生活を繰り替え、仏教の書物を出していた。

この裁判官は、法律家は芸術家であるといっていた。

 

雑誌で同僚の裁判官がマンションの経営をして、節税とか

自慢をしている。それは疑問だといっていた。

裁判官は、相当額の報酬をもらっている。裁判に専念するためである。

金儲けに欲をだすのは、どうか、といった内容だった。

 

この裁判官との出会いと、上記の言葉は、私の人生の糧としてきた。

一人一人の人間の出会いが一人一人の人生に大きく影響をすることがある。

私にとって、この裁判官との数十年に亘る交流は、一つの財産である。

そして、私も、子どもたちとの法教育の場面でこの裁判官の言葉を応用して

「人生は芸術だ。白いキャンパスに何色の絵の具で、何を描きますか。」

といっている。

 

お便りを出せば、返事が来る。どこかで元裁判官が私をみている、

一つの緊張感があった。

 

葬儀はキリスト教の教会で行われたという。

天国に召されたと思いたい。

 

 

ある審査請求

市民で掛け値なしで困っている人がいる。

(今日現在は、抽象的にしかかけない。)

行政に働きかけている。

私は、憲法及び法令を解釈して行政に救済を求めているのだが、

行政の担当者は、マニュアルどおりにしか動かない。

これは仕方がないことなのだろうか。

余談になるが、今、問題解決型能力が求められている。

アクティプラーニングである。

弁護士は、どんな問題でも解決するといっている。

私は、憲法と法の力で、なんとかしたいと思っている。

そごで、行政が動かないので、第一段階とし審査請求である。

現在、埼玉県に不服を申し上げている。。

県の判断で、困っている市民に救済の手を差しのべて欲しい。

県が不服を認めなかったらどうするか。

最後は、行政訴訟しかない。

新聞で、いろいろな悲劇がある。

行政がきちんとしていたら、

なんとかなる事件もある。

今回の事件、裁判までしないと行政は動かないものだろうか。