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2012年1月25日 by 小山 香, under
日々思うこと,
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議員活動
平成24年1月7日の
の後日談である。
1月25日に議会だより委員会があった。
私は、議会事務局に、私たちの原稿を入力した後、
私たちに校正の機会を与えて欲しいと申し出た。
例えば、
私は
「こども」を「子ども」と
「しょうがいしゃ」を「障がい者」と
自分の意思で表記している。
これを例えば「子供」、「障害者」と
されるのは、私の意思に反する。
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これに対し、議会事務局の担当者が執拗に
的違いな反論をする。
「および」、「及び」
など
統一させる必要があるというのである。
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いずれにしても
問題は「および」と「及び」ではない。
「子ども」と「子供」のような問題である。
表記は私の人格の一部とも言える。
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各委員から私の主張を支持する発言があった。
事務局長は、議員にも校正の点検の機会を与える
ことを約束した。
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小さな、しかし、当然の改革である。
議会事務局が、原稿執筆者の
故意に記載している表現方法を
執筆者に確認をせずに勝手に変更できると
思っていることが、問題である。
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では、なぜ生じるのか。
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2012年1月24日 by 小山 香, under
日々思うこと
A君の判決を聞くために、法廷に入った。
先に入っていたA君がちらりと私をみた。
A君はバツがわるそうに、みない素振りをした。
Aの死角になる傍聴席の一番後ろに着席した。
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主文 懲役1年8月
裁判長は判決の最後に「刑務所から出てきたら働いて
まじめに生活をして下さい。」といった。
2年前に同じく窃盗で懲役2年執行猶予4年保護観察中だった。
あわせて、3年8月の懲役刑となる。
わずか8万円の窃盗である。
A君が法廷から出ていくまで、傍聴席に座っていた。
(私に挨拶をするだろうか。多少の期待を抱きながら・・・)
結局、私の方に顔を向けることもなく出ていった。
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2年前、A君はホームレスの状態であった。
私も市の担当者もA君の更生を願って、
住居を手当てした。
住居を借りたくても、A君には、保証人がいなかった。
やむえず、私が保証人になった。
保護費を使い込み、
家賃の支払が滞り、賃貸借契約の解除となった。
私が事務員に手伝って貰って原状回復をした。
部屋は言語に絶する悲惨な状態だった。
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恩師、友人、そして私達の善意をないがしろにした。
A君の卒業高校は、トップレベルの学校だ。
優秀な能力があるのであるから、正直さと努力が備わっていたら
窃盗などしなくても生活ができたはずである。
保護を受けながら、ギャンブルに金を使い金がなくなり、窃盗をする。
不愉快なことだ。
私の失敗だ。
4年前、北九州でおにぎりが食べたいといって
餓死した人がいたことを思い出した。
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2012年1月21日 by 小山 香, under
日々思うこと,
未分類
朝霞市が主催した
市民参画に係る講演会があり、
講師は福嶋浩彦氏(前我孫子市長,現消費者庁長官)
であった。
題名は「私もあなたも楽しくまちづくりを!! 」だった。
職員の研修を兼ねていたのだろうか。
多くの職員も普段着で参加していた。
朝霞市の主催なので、後日議事録が作成されると思われる。
私が仕事が溜まっているので、
第1部の講演だけで退室し第2部の座談会は聞くことができなかった。

いろいろ有意義な話があった。
本題と少し横道にそれるが,
私がやっている法教育の実践と共通する
視点の話をされていた。
まちづくりは、
「どこかに正解があり、それを見つける」
というのではなく
「こうしたいのだというのが先にあるという
思いが先にあるまちづくり」
を強調されていた。
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法教育についても同様である。
試験問題を解くように、正解を見つけるものではない。
法務省とか最高裁判所のいわゆる
在「朝」の法曹の法教育は、
ルールづくりとか
模擬裁判とか
事前に準備された回答を見つけ出すようなものである。
これに対し
弁護士は在野の法曹として
市民の生活の中に存在するものであり、
私たちの法教育はまずは市民の存在の確認と保障からはじまるのである。
市民の法は生まれながら「自由」である人間の創造的な
生き方を保障するためのものである。
これは言い換えると個人の尊厳であり、
共生社会の実現である。
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本題に戻るが、講演では、メモしたものとして以下のことがあった。
地方自治は、長と議会と市民の三者が当事者である。
長とか議会は市民によってリコール、解散させられからだ。
この観点から市民参画の手法を提案された。
これに対し
国政は、政府と議会の二者である。
また
市民を主権者市民とか、事業者市民とか受益者市民に分類される。
詳しくここで記載する時間がない。
ネットで福嶋浩彦で検索すると今回の講演と
同じ内容の記事があ。
じっくり読んでいただく価値はある。
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2012年1月17日 by 小山 香, under
日々思うこと
刑事事件の傍聴に行ってきた。
住居侵入・窃盗被告事件である。
被告人席にA君はいた。
A君は私が傍聴席にいることは知らなかったろう。
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なんとか、更生させたいと思い、
できる限りのことをしてきた。
連絡がとれなくなり、
やっと警察にいることがわかった。
私が接見をしたとき、彼は否認をしていた。
そして,法律を勉強をしていると言っていた。
私は、叱った。
明らかに嘘とわかる弁解をしていたからだ。
法律の本ではなく、人間のこころを豊かに
する本を読むべきではないか、と諭した。
法律の知識を悪用してまた嘘を重ねることを
危惧したからだ。
正直に生きてほしいと訴えた。
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刑事弁護人は、被告人を自白させた。
また、示談の努力をさせたのも妥当である。
しかしながら、私は、なぜA君が犯罪を犯すようになったのか
その根本原因を知りたかった。
国選弁護人である以上やむを得ないのかも知れない。
しかしながら、刑事被告人はある種の被害者であるという
仮説がある。
A君がどのように育ってきたのか、それを知りたかった。
刑事弁護人、そして検察官もその解明は必要がないと
思ったのだろうか。
親はA君との関係を断絶している。
親子のこれまでの関係を明らかにしないかぎり、
A君に対する適切な矯正指導ができないと思うのだが・・・
友人、恩師、市の職員、保護司
いろいろな人がA君の更生を願った。
結局、いわゆる社会内での更生を自ら絶ったのである。
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