対話ーある被告人

接見室(2)

ある被告人と4~5回接見をしている。

薬物事犯である。

直近では年末は30日に新年は4日に接見をした。

刑事弁護の、特に自白事件の情状弁護は、被告人に対する同人の自己肯定もしくは承認からはじまるのではないか、考えている。

道は二つ分かれていたはずだ。犯罪に至る道、そうでばない道。なぜ、あなたは、これまで犯罪に至る道を選択したのか、その問いを問い続けた。

だれもが、「もう、悪いことはしません」といいます。

そのような言葉では、私は納得しないのです。

あなたが、犯罪によって、得たもの、失ったもの。

これからの人生において、何を目標とするのか。

そんな問いを投げかけている。

ある被告人が回答をする。

これに対し、あなたは自分を第1に考えて来なかったか。
多くの人たちは、家族ときに子どもを第1に考えている。

ある被告人に言った。
私は、あなたの家族でもない、保護司でもない。単なる刑事弁護人である。刑事弁護が終われば、無関係な人間になる。私の願いとしては、これまでの犯罪で失った家族の絆を少しでも回復することを目標にしてはどうか。

先日、手紙がきた。
私が衣服を差し入れたお礼と、これからの目標と、そして今後の更生の過程を手紙を送るので受取って欲しいと、そしてどんな判決になても刑に服したいというもだ。

もうすぐ、公判がある。そしてある被告人との対話は終わる。

気がついてみると、私は一対一の法教育を行っていたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

12月議会の一般質問である。

私の12月議会の一般質問である。

12月12日の最後が私の番である。

・・・・・・・・・・・

1 議員に対する案情報 議員に対する案情報 議員に対する案情報
(1)現状と課題
2 学校過大規模問題
(1) 現状と課題について
3 労働環境調査
(1) 現状と課 題について
4 コミュニティ・スクール
(1)現状と課題について
5 参政権教育
(1)現状と課題について
6 道徳教科化 道徳教科化
(1)現状と課題について
7 不登校及びいじめ問題
(1)現状と課題について
8 教育機会の確保
(1)現状と課題について

 

ある道徳の授業

この週末、警察署で接見をした。

被疑者接見だ。

会社の数日分の給料と

下着等を差し入れた。

前科がある50代の人で、今回も薬物事犯だ。

私が話しやすいと思ったことか、いろいろ話しかけてきた。

その中で「もう、死にたい」という。

「その気持ちはわかる、人生は保育園とか幼稚園時代以外は楽しものではない。

いずれは、みんな天命を全うする。その前に何かいいことしてみてはどうか。」

と対話をする。

被疑者は犯罪を犯してこれまで家族に迷惑をかけてきたようた。

約45分間の接見だった。

中学途中まで、高校1年中退

その後の出来事など、

右に行く途、左に行く途

選択の自由があった筈だ。

左がキリギリス、右がアリ

私たちは、どうしても、キリギリスの途を選んでしまいがちである。

今度は、アリの途を選択して欲しいと願って、接見を終えた。

個人の尊厳と共生社会の実現

(講演会メモより)

さて、今日は皆さんと一緒に、個人の尊厳と共生社会の実現という視点のお話をしたいと思います。

この社会の最小の単位は、一人の人間の個人の尊厳です。社会には個人の尊厳がそれぞれ存在するので、共生社会の実現が必要になってきます。共生社会とは、一人一人に価値を認め、それぞれが社会の構成員になることです。無人島に一人で暮らすならば、人権は必要ありません。人間が二人以上存在して、社会ができます。そして、その社会の一人一人を尊重するということが、共生社会の実現ということです。

共生社会というのを認める根拠は何かと言うと、人類の歴史が、人間それぞれに価値があり社会構成員として大切だと決めたことです。人類の理性の到達点です。例えば、1+1=2というような証明の結果ではなく、共生社会の実現が社会の価値として最も大切だと決めたのです。

では、どうすれば共生社会が実現できるのでしょうか。私は次のように考えています。

① 他人を丸ごと認めること

背の高い人、低い人、太っている人、痩せている人、障害を持っている人、子ども、高齢者、この世に命のある人全てに価値を認めると言うことです。

② 傾聴と対話をする能力

友達を100人作る能力よりも、1000人の他人と会話をする能力の方が、価値があります。小学校に入ったら友達が100人できるかなという童謡がありましたね。100人の友達を作るよりも、自分が苦手とする人と話すことができる能力の方が、価値があるのです。そういう人が共生社会を実現する力となるのです。皆さんが会社に入って仕事をする場合において会社が求めることは、他人と対話をする能力があることです。このような人は、社会人になってもきっと出世をすることは間違いないと思います。

③ 嫌われる勇気

私たちは、様々な社会に属しています。社会には社会の圧力があります。そこに問題があっても、黙っていることもあると思います。しかしながら、その社会を良くするためには、嫌われても発言する勇気が必要です。正しいことを主張しても嫌われる勇気です。私たちは、より高い共生社会の実現を目指しているのだからです。

友達がいじめられても、黙って見過ごしていることもあるかもしれません。しかし、共生社会の実現のために、少なくとも先生などにチクる勇気が必要です。チクるという言葉は語感が悪いので、公益通報と言いましょうか。共生社会を実現するには、嫌われる勇気を持っている人がたくさんいることが必要です。

④ 大きな財産から小さな財産への譲歩

たくさん財産を持っている人には、たくさん税金を払ってもらい、財産の少ない人に譲歩するのです。大人は子どもに、健常者は障害を持っている人に譲歩するのです。

共生社会の基本単位たる個人の尊厳は、実は、この日本の在り方の基本原則です。日本は、個人の尊厳すなわち、基本的人権を尊重し、その延長として平和主義を掲げています。人の生命を大切にする政策を、国内ばかりか、国際紛争を解決する手段としても、武力を用いず平和的な話し合いで解決をするという原則です。

 そして、さらに最も重要なことは、皆さんがこの社会の主人公であるということです。私たち一人ひとりに主権があります。

私たちがこの社会の在り方を決めることができるということです。これを国民主権といいます。18歳になられた皆さんには、当然にこの社会の在り方を決める権利があります。そして、近いうちに18歳になる皆さんにも、直ぐそこに権利があります。

皆さんの立場で、こうあって欲しい、あああって欲しいと考え、この地域や国が、今日よりも明日の方がもっと良くなるために実践するのが、国民主権です。

個人の尊厳と共生社会の実現

昨日、県内の定時制高校で個人の尊厳と共生社会の実現と題して、話す機会があった。担当の教職員の話しでは、さまざまな生徒がいると言っておられた。

壇上から瞳を輝かせていた生徒さんが印象深い。

生徒のみなさんが、自分の生命を大切して、余力を他人のためにして欲しいと思っている。

著名な道徳の教材を使って、共生社会の実現の工夫のお話をした。
IMG_0268(小)

 

来年度、川口に夜間中学が開設する。これまで中学は当然に卒業になり、もう一度勉強をする機会は定時制高校しかなかった。しかし、高校の授業のレベルは高い。もう一度一から勉強したい人に、夜間中学は吉報である。

しかし、朝霞から通うには、距離が心配になる。

私を聞いてくれる生徒の実態は知らないが、さまざまな体験をしてきた人だと思って、今,私が16年間引きこもっている人を一歩、一歩を手を差し伸べている話しをした。

生徒の中では、仲間との関係で難儀をしている人もいうことを想定して

共生社会では、100人友だちを作るよりも1000人の人と話せる能力の方が大切であるとを強調した。

(後日、メモをこのプロクにもアップしたい。)