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専門家職員による支援

専門家職員による支援

市役所職員に弁護士、臨床 心理士、社会福祉士などの専門家を採用し、困りごとがある市民の問題に端的な解決へつなげる。

弁護士、臨床 心理士、社会福祉士等は、その資格を保有しながら、困りごとがある市民の問題に端的な解決へつなげるのである。これまでのように、「私は専門家でないのでわかりません」ではなく、「私は分かります。そのためには、こんな方法があたます」と端的に解決につなげられるのである。

こんな経験の弁護士が市職員になると行政の質が上がる筈だ。

 

 

立候補決意の理由(2)

私が立候補を決意したもう一つの理由がある。
朝霞市で最後に小学校ができたのが、今から20年前の2001年(平成13年)に朝霞第十小学校である。当時の朝霞市の人口は、11万8651人だった。
当時の前塩味市長は、それでも人口増を予想して校地の確保に奔走していた。塩味市長は3期12年務め引退し、2005年(平成17年)に富岡氏が市長に就任した。当時の人口は12万5364人だった。そして現在、今年2021年(令和3年)1月、143,195人になった。
人口は、十小を造ってからでは、2万4544人、富岡氏が市長に就任したからでは、1万7831人も増えている。
朝霞4市(朝霞、志木、和光、新座)では、他市の1学校あたり児童数の平均は約500名であり、朝霞は約750名である。朝霞は5割増しの密度である。人口1万人当たり、小学校は1校必要と思われるが、朝霞市では4校も足りないことになる。少なくとも、最後に学校を造ってからの2万人も人口増を基準としても2校分たりない。

現在、八小がすでに36学級1167人36学級であり、文科省から過大規模校のレッテルを貼られ、早期の解消を求められている状態である。五小も六小も1000を超える過大規模校になる状態である。朝霞4市の中で過大規模校があるのは、朝霞市だけであり、しかも3校も過大規模校が出現するのである。
過大規模校では、「①運動場、体育館、プール、音楽室等の施設利用が困難となる。②学校行事等において、係や役割分担がない。③異学年交流の機会がない。④いじめ問題、不登校問題が生じやすい。⑤きめ細やかな指導をすることができない」などの問題がある。
こんな話を聞くことがある。子育てにやさしいまちだから、引っ越してくるが小学校に入るときは、学校の環境が悪いからまた引っ越すというのだ。

富岡市長は、就任後、校地探しをやめたばかりか、小学校用地もしくは代替地として最も妥当な旧四小跡地を大企業に50年間も賃貸してしまった。政治の優先課題は、子どもたちの教育環境であるべきである。大手企業は、旧四小跡地でなくても、市内の市街化調整区域でもよいはずである。富岡市政が旧四小跡地を大手企業に50年も貸したことは、間違った行政である。

さらに、過大規模校の問題は、35人学級にまで波及する。
この4月から保護者が待ちに待った35人学級が小学校全学年化する。今3年生に35人学級をしようとすると、市内の4校では、整備を要し、6小では教室はなくなり、校庭を潰してプレハズ仮設教室を建設する大規模な増築が必要となる。
富岡市政が校地を確保してこなかったつけが、ここにも波及するのである。空き教室がないので、35人学級の学年が上がるにしたがって、ますます教室がなくなる事態になる。
富岡市政の教育環境の置き去りが市内の児童について、大規模校の過密問題ばかりか、35人学級が実施できないことになる。
来る選挙に誰も立候補者がいなければ、富岡市政の子ども置き去りの市政を黙認することになる。私は、黙認できない。これが立候補決意したもう一つの理由である。

なぜ立候補するのか?(1)

私が立候補を決意した理由の一つは、非合法な市長の議会に対する支配である。これまで新聞にも取りあげられことがあるが、
ご存じない方もいるかと思い、再度取りあげる。

議員の最大の役割は、採決の際の討論である。
議案の賛成討論は、反対討論があってはじめて行われる。したがって、反対討論がないこともある。

私が議員になってしばらくすると自称与党会派と称している議員の人たちが、中には、居眠りをしている議員も反対討論があると、突然どこからか原稿を取り出し、これを手に持って読んでいることに気がついた。しかし、難しい漢字の前で、つかえたり、間違った読み方をしたりしている。

討論の内容は、本人が日ごろ、話しているレベルを超えている内容だ。議員本人が書いていないことは、容易にわかる。内容からして明らかに市の職員が作成した「討論原稿」であると推測できる。

議員自身が理解できていない内容を読み上げるのでは、まるでカンニングのようなものである。
教師が試験問題と共にひいきにしている生徒に模範解答を渡し、カンニングさせる。生徒が教師の前で模範解答を読んでいる。聞いている私たちも、うすうすそのことを知っていた。まさしく異様な世界だ。住民から選ばれ議員が自分の討論を市長側から提供されている。

職員が勤務時間を使って、特定の議員のために奉仕する。討論原稿を作成するのは地方公務員法、公職選挙法に反する。議員の行為は神聖な議会の業務を汚すものであって、刑法の偽計業務妨害ではないかと思っている。

法律の存在を知らなくても、市長と議員はそれぞれ市民から選ばれた代表者である。当然にやっていけないことは明白である。

私は、2019年12月で、3期12年で議員を終える予定でいたが、この問題を放置して引退していいかどうか思い悩んだ。結局、法曹資格を有する議員として違法状態を中止させる義務があると考えた。意を決して行動に移した。

2018年6月議会の一般質問に取り上げた。市長に対し議員に「討論原稿」の提供をやめるよう要求した。これに対し、市長は単に資料を渡しているだけであり、今後も続けると答弁。市長は、「資料」とかわして、居直り今後も続けるというのだ。

やめさせるためには市長の目の前に「討論原稿」そのものを突きつける以外ない。 そこで、私は朝霞市情報公開請求制度を使って公文書開示請求をした。次から次へと職員が作成した「討論原稿」が出てきた。

本会議、常任委員会の議事録の議員の発言内容は、情報公開請求で入手した公文書と全く同原稿ばかりでなく、職員は、議員の提出議案も、市民の提出する請願には、反対討論原稿も作っていた。

このことが、同年8月17日の埼玉新聞と8月28日付朝日新聞に報道された。市長は、記者会見で記者から討論原稿を議員に提供している事実を突きつけられ「討論原稿」の提供を認め「好ましくはないのでやめる」と態度を改めた。

私の6月議会では、市長は、「討論原稿は提供していない。単に情報を提供しているだけだ。今後も提供をする」と虚偽答弁をした。もし、私が情報公開によって、公文書を入手しなかったら、違法な状態が継続していたのである。

なぜ、こんな違法な状態が続くのか。市長が当選を繰り返し、多選となり、まさに、➀独裁化、➁行政組織の硬直化、➂関係者との癒着、➃忖度 である。

私は市長と議会との関係をもう一度、リセットをしてそれぞれが住民から選ばれた代表として、相互に尊重しながら自由な対話ができる関係を再生すべきと考えている。

立候補の記者会見

突然の報告です。

私は、2月28日の朝霞市長選挙に立候補します。

私はその記者会見をしました。

その際、写真を撮られました。

記者は、3~4名といわれて、気楽に出かけました。

各社報道機関10名くらい見えました。

 

ところで、これまで、立候補の表明をしてこなかったのは、できるだけ、事件の依頼者に迷惑をかけないようにと対処をするためです。

裁判所でも、何食わぬ顔をして、訴訟をしてきました。

なんとか、事件の期日が選挙後になりました。

 

記者から選挙の 争点を聞かれました。

・富岡市長の5選は妥当か。

・35人学級ができない。

詳しくは追って書きます。

 

 

まぼろしの裁判期日

手帳に今日の裁判期日が書いてある。

先月25日解雇無効の仮処分事件の第1回目の裁判があった。

今日が第2回である。

事件は定年解雇の無効である。

年末に60歳になったからといって、いきなり定年解雇された人の相談があった。

定年解雇の規定が就業規則にないので、定年解雇は無効という主張である。
(会社は、就業規則があり、事務棚書類のつづりの中に置いてあったと主張)

争点は、就業規則の周知性である。

当初、労働審判事件という労働事件にとったいた一種をの調停制度を利用しようと考えた。

しかし、第1回目までに1ケ月以上要するのが通常である。

他方仮処分は、2~3週間後に期日が入る。

仮処分をして年内に解決し、相談者にあたらしい気持ちで新年を迎えさせてあげようと思った。

当日、淡々と双方が言い分を述べて、次回期日として今日が指定された。

この展開に戸惑って裁判官が席を立とうとするとき、

私は「ちっと、待って」

と言い掛けた。

裁判官に対して

「話し合いをしないのですか」

と和解を促した。

裁判官もあわてて、その気になり、

会社側の代理人が廊下に出て

まず、解雇された側の代理人私が裁判官に対して希望する和解案

次に会社側の代理人と入れ代わり、私は廊下で待機をし、

裁判官と部屋に入って協議をした。

それを繰り返し、和解が成立した。

(あー、やれやれ)

最後に裁判官から

「和解について気にかけずにすいません」とかいわれた。

事件が予定どおりに解決したのはいいのだが、

裁判官がすることを私がしてしまったことについて、

複雑な思いをもって裁判所を出た。

 

 

住民票ができた。

今日はアッシー君をした。

60代のAさんの失踪宣告の取消をした。急いで、戸籍の復活させたいと願い、てきぱきと仕事をした。昨年の末に失踪宣告の取消の審判が出て、今日確定した。

Aは電話もなく、足が悪い。タクシーを呼ぶことも一人で市役所にいくこともできない。

そこで私の事務所がアッシ君を行ったのである。

Aさんは、住民票がなく、国民健康保険にも加入していない。

Aさんは、繰り返しなんども保険証が欲しいといっていた。これまでは保険証がないので、病院にはいけなかったといっていた。

午後の遅い時間、Aさんのアパートのドアを叩いた。
「裁判所から書類をもらいました。住民票を作りに行きましょう。」

と呼びかけると奥から現れた。

Aさんに車に乗ってもらい、市役所まで一緒にいった。

住民票と国民健康保険証が手に入ることになった。

朝霞市の住民が本日一人増えたことになった。

これからは、市役所がAさんを支えてくれる。

市役所からAさんを車に乗せて帰るとき、何か大きなことをなし遂げたような達成感があった。

落とし物が届けられた。

先日朝、事務所に出かけようとしたら、いつも腰につけるポシェットがない。
前日の夜の、事務所から自宅に帰る途中の足どりの記憶を辿る。

交番に行ってみた。届け出はないとること。

そこで落とし物の届け出をした。

現金、運転免許証、カード、それに弁護士の身分証明書が入っていた。
弁護士バッチはあるので、裁判所とか警察には入れるが、

身分証明書がないと、いろいろな手続きができなくなる。

翌日、とりあえず、大急ぎで大宮の運転免許センターにいって、免許証の再交付を受けた。

事務所に戻り、まず、銀行のカードの紛失と再交付の手続きをした。

次にクレジットカードの紛失と再交付をするために連絡先などがわからず、もたもたしていると、電話が掛かってきた。

着信番号の末尾が0110だった。事務員が電話を受けていた。

刑事事件も終わり、被告人からの接見の希望もないはずだ、

でも、誰が接見の希望なのか、と頭を巡らし、事務員の応答に耳をそばだてる。

「朝霞警察のなんとか、なんとか・・・」

なんと私が落としたポシェットが警察に届けられたとの連絡である。

お金も入っているのに、出てきた。

このとき、以前弁護した事件を思い出していた。

弁護士に成り立てのころ、刑事弁護をしたことのある人から接見の連絡があった。

私は、刑事被告人には、刑事弁護は1回しかしないといっており、どんな用事なのか思案して接見室に入った。

本人から真顔で質問された。

「先生、すいません。教えて下さい。ここに100万円が落ちているとしたら、先生はどうしますか。」

「私は、交番に届ける」

「なぜですか。私は届けない」

「落とした人は、顔を青くして探しているのではないか。」

本当にこの本人には、目の前にお金があり、誰もみていないときは、自分のものにする考えについて悩んでいるようだった。

 

今回、私のものを拾われた人は、落とした人(私)が顔を青くしていることを想像してくれたのであろうか。

落としたものが出てくる、現金も入っているのに。

警察署を出るとき、拾って頂いた人そして、この社会の健全な明るさを胸で感じ、じんとした。

 

 

対話力の再生

新年早々、離婚相談があった。

妻側のからじっくり聞いた。

まだ離婚に至る問題ではなく、夫に問題があるようだ。

夫婦の中の対話力を回復する必要がある。

こうした場合、誰かが夫の言い分を聞いて「あなたの家庭はあなた次第です」と夫を諭せば、解決する問題と思うことがある。

しかし、人間関係が希薄になり、仲裁に入る人がいないのが問題である。

家庭裁判所の調停は、簡単な手続きといっても、数カ月先であり、それなりの時間と手続きが必要である。その手続き中に夫婦がさらに険悪な関係になることもある。

こんなとき、自治体に夫婦関係相談窓口があり、速やかにカウンセラー資格のあるものが中立性を保ちながら、中に入って解決するという制度があれば、いいと思う。

(消費者問題なんか、こんな形で解決している。)

私はこの種の修復可能性の相談の最後にこう締めくくる。

「離婚はいつでもできる。結婚は、せっかくの縁です。」

あるマンションの売却

Tさんのマンションが売れた。

夏前に複雑な相談ごとがあった。
独居高齢者で身寄りがない。
歩行が困難で道端で頻繁に倒れていたことがあり、
近所の人がみるにみかねて、警察とか、市役所に連絡をした。
巡りに巡って、私のところに相談がきた。
本人は病院に緊急搬送をされていた。

病院で面談をした。
相当具合が悪い状態だった。

自宅を訪問すると、大変な騒ぎになっていた。
健康を害する状況である。
独居で病気になったら、やむを得ない状況である。

何回も関係者がありまり、ミーティングをした。
住宅ローンが滞納、入院先の医療費、今後の生活費
今後の生活等

それから、さまざまな検討と対策を行って、
やっと、近隣市の有料老人ホームに入居ができた。

課題は、マンションの売却である。
仲介業者からは、リホームをしてから売りに出すことをすすめた。

しかし、リホームにお金をかけて、マンションが所定の値段で売れなければ、
住宅ローンの返済が困難になる。

そこで、事務所で、断捨離、ごみ捨て、清掃等の一切を仕切った。
マンションは、見違えるほどになった。
これで相当な経費の節約になった。

マンションを売りに出したら、直ぐに買い手がついた。
(もう少し高値で売りに出せばよかったかとの思いもあるが、)
売買差益があり、住宅ローン、税金も延滞税を含め完済した。

本人は、この間の入院で健康を幾分回復した。
売買の差益を元に、施設での生活の目処はついた。

マンション売買の決済の前に、マンションを訪れ、室内を確認し、玄関のドアを締めた。

なかにし礼さん、ありがとうございました。

なかにし礼さんがお亡くなりになった。
私には、2014年(平成26年)8月の弁護士会の企画の講演会が、ます思い浮かびます。
埼玉会館の会場は人があふれ、ロービーのテレビでも大勢の人が会場の様子をみていました。
自作の詩を朗読されました。

平和の申し子たちへ! 泣きながら抵抗を始めよう
2014年7月1日火曜日
集団的自衛権が閣議決定された
この日 日本の誇るべき
たった一つの宝物
平和憲法は粉砕された
つまり君たち若者もまた
圧殺されたのである
こんな憲法違反にたいして
最高裁はなんの文句も言わない
かくして君たちの日本は
その長い歴史の中の
どんな時代よりも禍々(まがまが)しい
暗黒時代へともどっていく
そしてまたあの
醜悪と愚劣 残酷と恐怖の
戦争が始まるだろう
ああ、若き友たちよ!
巨大な歯車がひとたびぐらっと
回りはじめたら最後
君もその中に巻き込まれる
いやがおうでも巻き込まれる
しかし君に戦う理由などあるのか
国のため? 大義のため?
そんなもののために
君は銃で人を狙えるのか
君は銃剣で人を刺せるのか
君は人々の上に爆弾を落とせるのか
若き友たちよ!
君は戦場に行ってはならない
なぜなら君は戦争にむいてないからだ
世界史上類例のない
六十九年間も平和がつづいた
理想の国に生まれたんだもの
平和しか知らないんだ
平和の申し子なんだ
平和こそが君の故郷であり
生活であり存在理由なんだ
平和ぼけ? なんとでも言わしておけ
戦争なんか真っ平ごめんだ
人殺しどころか喧嘩(けんか)もしたくない
たとえ国家といえども
俺の人生にかまわないでくれ
俺は臆病なんだ
俺は弱虫なんだ
卑怯者(ひきょうもの)? そうかもしれない
しかし俺は平和が好きなんだ
それのどこが悪い?
弱くあることも
勇気のいることなんだぜ
そう言って胸をはれば
なにか清々(すがすが)しい風が吹くじゃないか
怖(おそ)れるものはなにもない
愛する平和の申し子たちよ
この世に生まれ出た時
君は命の歓喜の産声をあげた
君の命よりも大切なものはない
生き抜かなければならない
死んではならない
が 殺してもいけない
だから今こそ!
もっともか弱きものとして
産声をあげる赤児のように
泣きながら抵抗を始めよう
泣きながら抵抗をしつづけるのだ
泣くことを一生やめてはならない
平和のために!
・・・・・・・